この本を読むと得られるもの
- 「行動する」の本当の意味を理解できます
- 自分の中の可能性の見つけ方がわかります
- 人生はいつにおいてもやり直しができることがわかります
「賢者の書」思うようにいかない毎日はもう嫌だ…あなたも生まれ変われる賢者の知恵とは
そうか…そういうことだったのか!読み終えるとそう呟いてしまいます
美しい…なんて美しい物語なんだ…。
冴えないサラリーマンであるアレックスは家庭でも居場所がなく、仕事もうまくいっていませんでした。
そんな毎日から逃げるように昔住んでいた街へと向かうのです。
ただただ一人になりたかった。その思いだけで良くない思い出の詰まった街に行くのです。
少年時代に一人で過ごしていた公園のベンチに腰掛けます。
「ああ、ここがこんなにも素晴らしい場所だと感じる日がやってくるなんて」
そんな気持ちで穏やかに町並みを眺めていると、前方より一人の少年がやってきました。
どれだけ歩いたらそうなるの?というほどボロボロの靴。サイードというその少年との出会いからアレックスの人生は激変します。
「あなたが最後の賢者ですか?」
サイードはアレックスに向かってこう問い掛けます。もちろんアレックスは賢者ではありません。
落胆するサイード。でもアレックスは不思議とその少年に興味を持ちます。
話を聞くと、サイードは祖父からもらった「賢者の書」を完成させるために、8人の賢者を求めて旅していたのです。
8人の賢者に会い、そして最後の賢者に会うためにこの公園にやってきたのでした。
アレックスはサイードの冒険の話を聞き始めます。
もちろん僕たち読者も一緒にサイードと賢者たちとの物語を体験します。
それは僕にとっても何ものにも変え難い貴重な経験でした。
久しく更新していなかったこの読書ブログを再開させるだけの本でした。
この本では、
- 第一の賢者の教え 行動
- 第二の賢者の教え 可能性
- 第三の賢者の教え 自尊心と他尊心
- 第四の賢者の教え 目標
- 第五の賢者の教え 今
- 第六の賢者の教え 投資
- 第七の賢者の教え 幸福
- 第八の賢者の教え 言葉
- 発見
- 最後の賢者
- 新しい旅たち
の項目で、賢者の教えを僕のような愚民にも優しく教えてくれます。
物語形式なので、どんどん読み進めれるし、感動もひとしおです。
非常にお勧めの本なので、ぜひ読んでみてくださいね。
行動とは成功も失敗もない、ただ一つのピースだ
物語はサイードが旅立つ決意をするところから始まります。
それに対して、賢者の書を埋める一つのピースを受け取ります。
賢者は言います。
「お前はひとつの行動をとった。そして、それに対して今ひとつのピースを受け取った。
人生とはその連続なのだ。人生というのは、単にその繰り返しでしかない」
もちろん何を言ってるのかさっぱりわかりません。
賢者はさらに言います。
「賢者は学ぼうとする側がしっかり学ぼうとすれば必ずわかるように教えてくれる。
わかろうとするより、全てを受け入れようとせよ」
わからないものは「そんなんわかるか」と受け入れないと考えるのではなく、理解せずともいいので、まずは受け入れよということです。
言葉そのものを自分の中に受け入れるのです。
先ほどの「行動する」という話に戻ると、それはすなわち…
僕たちが行動を起こす。そうするとそれに対してひとつのピースがもらえる。人生とは単にその繰り返しである。
ただそれだけなのです。
大きな絵のパズルがあったとします。
人生というのはその絵を完成させるようなものです。それを完成させた人生を「成功の人生」と呼び、そしてこの先どんな絵を完成させるかについて考えることを「夢」と呼びます。
その絵の大きさはそれぞれの自由です。
仮に世の中には大きな力が存在するとします。
その大いなる力は、僕たちの人生において達成したいことを実現できるように、全面的に圧倒的に後押ししてくれます。
その大いなる力がしてくれることはただ一つ。
行動を起こすたびに、自分達が描く夢を完成させるために必要なパズルのピースを一つだけくれるのです。
ピースをひとつ受け取るだけなので、その先の完成された絵を想像することはできません。
大抵の場合、そこから将来の完成図を想像することなんで出来ないのです。
ところがそのうち、与えられたピーズを見て、「こんな絵になるんちゃう?」と考えることができるピースを偶然手にするときが来ます。
それがすなわち「夢」なのです。
そうなるとわかってきますよね。そう、行動あるのみ。
全ての行動に対して、大いなる力は、その絵を完成させるためのピースを一つずつ全て与えてくれます。
そのピースに重複はありません。一度受け取ったピースは二度と与えられないのです。
なので、初めて出来た行動を繰り返しても、同じ感動を得ることはありません。
そのピースはもう手に入れてるのですね。
反対に、与えられたピースを受け取っていないうちは、大いなる力は何度でもそのピースを与えようとします。
せっかく与えてもらったピースを僕たち愚民は必要ないと勝手に判断して捨ててしまいます。
でも寛大な大いなる力はもう一度与えてくれるのです。
そのピースが成功を意味する絵を完成させるのに必要なものであると気づくまでずっとです。
愚かな人が何回も同じ失敗を繰り返すのはそのためです。
与えられたピースを勝手に不要と判断し、パズルのどこに当てはめるのかを考えもせず、こんな面倒なものはいらないと捨て去ろうとします。
世の中の成功者たちとは、大いなる力に与えられたピースの意味を理解した人たちなんです。
大きな絵、つまり夢を思い描く。
そして行動を起こす。
そうすると絵を完成させるのに必要なピースが手に入る。
つまり、行動の結果で手に入るのは、失敗でも成功でもありません。ただただ絵を完成させるために不可欠なピースであるということだけ。
それ以上でもそれ以下でもないのです。
大きな勘違いとして、行動の結果としていつか大きな絵が手に入ると思うことがあります。
行動する前に「こうなればいいな」という結果を期待するのです。
この時はもちろん自分に都合の良い結果を期待します。
ところが、大体そんな上手くいきませんよね。
そうなると手に入らないことを「失敗」と呼んでしまいます。
でも実際はそうではありません。行動の結果として手に入るのは、どんな場合であってもひとつのピースでしかないのです。
なるほど…。ここまでを受け入れることが出来ると、「行動する」という概念そのものが変わってきます。
成功を期待して行動して、成功しないとその行動は意味がなかったと考えてしまってました。
全ての財産を失うような失敗も、その経験がなければパズルのピースが足りなくて絵は完成しなかったということ。
その経験は絵を完成させるために、どうしても必要なものだったと受け入れるのか…。
そうなるともはや、行動の結果に一喜一憂することすら意味はありませんね。
ただひたすら結果として得られたピースをどこにはめるのか考えるのみです。
そうしないと、失敗と考えているピースは何度でもやってくるのか。
ただピースを集めるだけではパズルは完成しません。
どう組み合わせるか、どこにはめるか、何が出来上がるのか。
パズルはある程度組んでいた方がヒントは多いように、人生の夢においても同じことが言えます。
なんの変哲もないピースを手に入れた時にも「あ!これってここかも」とピンとくるようになるんですね。
そうなってくると「夢」は「ビジョン」へとランクアップします。
漠然とした夢から、もっとはっきりと完成図がわかるビジョン。
大切なのは、必要なピースを集めるためにできるだけ多くの行動を起こすこと。
そして行動の結果得たものを、どう活かすのか考えること。
完成した絵を見ればわかります。それがどうしても必要だったということに。
世の中の誰かを幸せにしたいという幸せ
時は流れ、サイードは第七の賢者に会いに砂漠の街にやってきました。旅も順調ですね。
賢者はサイードに話します。
「世の人は誰もが幸せになりたいと願っている。それゆえ、自分を幸せにしてくれることを探して生きることになる」
確かに毎日楽しいことや、幸せになれそうなことを探して生きていますよね。
「ところが、そんな便利なものは、そうそう見つけられない。だから多くの人はなかなか幸せになれず苦しむことになる。
その一方で、世の中には少数であるが別のものを探して生きている人間もいる。世の中の誰かを幸せにしたいと願っている人たちだ」
これぞまさにギブ&ギブの精神ですよね。こういう人たちは、自分が幸せにできる人、楽しませれる人、何か世のためになることを探しています。
それこそ世の人たちから「賢者」と呼ばれる人なんです。
自分の幸せのみを考える人たちだけの世の中を想像してみてください。
後の人が使いやすいようにとか、他人の邪魔をしても気にしないとか、自分が一番儲かるようにとか。
一方、他人の幸せのみを考える人たちだけの世の中はどうでしょうか?
ひたすら他人が楽しめ、他人が過ごしやすく生きられるように、他人を幸せにするように。
どちらに住むかを選べるとしたら、きっとみんな後者を選ぶのではないでしょうか?
きっと街は綺麗だし、油断せずにはいられないなんてことないでしょう。友達も簡単に出来そうです。
そりゃそうです。前者の世の中は自分のことを幸せにしてくれるのは自分だけです。方や後者は、周りの人みんなが自分のことを幸せにしてくれようとしてるわけですもんね。
では、後者の世の中の人が前者の世の中に行ったらどうでしょうか。
なにしろ自分を幸せにしてくれる人がやって来たのです。きっと我先にと周りに人が集まってくるでしょう。
このことは後者の世の中の人にとっても大きな魅力です。幸せにしてほしいと願って自分のことを心待ちにしてくれるのです。
当然お金は自然と集まってくるでしょう。そして今度はどうやってみんなを幸せにしようかなと考える日々なんです。
そして類は友を呼びます。思いや生き方に惹かれて、同じような考えの人たちが集まってきます。
どちらの世の中を目指して生きるのは自由です。
「賢者の書」を読んでやってみた
こんにちは、聖人になりました。僕です
実践してみたこと
- 感謝する
- 与える
感謝する
ギブ&ギブの本を読めば大体書いてあるのですが、与えるものってお金やものだけでなく言葉でもOKなんですよね。
僕みたいな貧乏人がギブ&ギブを金銭でやろうと思うとそりゃもう即破産ですよ。
人はひとりで生きていくことは出来ません。幸せに生きていこうと思ったら必ず人の助けを借りていかないといけません。
その恵みを受けていく中で、感謝の気持ちを忘れてはいけないのです。
そして大切なことが、それを伝えていくことです。
感謝の言葉を口にするのってなんか照れ臭く思ってしまいます。なのでどうしても口に出す回数って減ってしまうんです。
ここは心にイタリア人をセットしないといけません。息をするように感謝の言葉や愛の言葉を出していくのです。
いきなりそこまでは出来ませんでしたが、感謝の言葉を口にしていくと、何気ない日常もなんだか幸せに感じてきます。
成功した人生とは、幸せな人生のことです。
幸せな人生とは、日々の人生を感謝で埋め尽くすことです。
そのためにもできるだけ多く「ありがとう」の言葉を出していくことにしました。
自分を含めた多くの人を最も幸せにする方法はこれなんです。
与える
でも人にも感謝の言葉を言ってもらいたいですよね。
はい、これ凡人の思考でした。すみませんでした。
人生において欲しいものを手に入れるためには、手に入れたいものを与える側にならないといけません。
感謝の多い人生にするには、感謝させてもらう立場にいてても、本当の感謝の半分も手に入らないんです。
何かを身に付けたければ、それを教わる側でなく、教える側になろう。
人に認められたければ、まずは人を認める人になろう。
人に愛されたければ、愛されるのを期待するのではなく、愛を与える側になろう。
欲しいものがあったら、どうやって手に入れようかと考えてしまってました。
しかしそれは、どうやって人に与えられるかを考えないといけなかったのですね。
人に与える側になるのって大変です。でもそれでも与える側にならないといけません。
僕は今、自分のお店を運営しています。
どうやってお金をもらえる人になろうか、の前に人のためにどうやってお金を使おうか。
どうやって喜んでもらおうか、どうやって楽しいでもらおうか。
その命題をずっと考えていこうと思います。
とりあえずこの本を読んでやってみよう、な!
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食わず嫌い言わず一度読んでみて!
著書名 賢者の書
著者 喜多川泰
出版社 ディスカヴァー・トゥエンティワン